経理代行を切り替えるとき|いまの委託先から引き継ぐ手順と、止まる期間の作り方
経理代行の乗り換えのご相談は、たいてい「いまの会社に不満があるので、御社に切り替えたい」という形で来ます。ありがたい話ではあるのですが、私(浅香)が最初にお伝えするのは、新しい委託先を選ぶ話は後回しでよいということです。
乗り換えが苦しくなるのは、切り替え先が悪かったからではありません。いまの委託先から取り戻すべきものを取り戻さないまま解約してしまい、新しい先がゼロから作り直すことになるからです。そして取り戻せる余地は、解約を伝えた瞬間から小さくなっていきます。
この記事は、はじめて外注する会社ではなくすでに外注していて、切り替えを検討している会社に向けて書きます。はじめての外注先選びは経理代行サービスの選び方に、外注先の型ごとの違いは経理の外注先は、個人か・事務所か・BPOかに書いています。社内での引き継ぎ(担当者が辞めるときの話)は経理の引き継ぎで、こちらとは別物です。
1|先に結論|乗り換えの成否は「重なる期間」で決まる
実務でうまくいく形と、そうでない形の差は、ほぼこの1点に集約されます。
| うまくいく形 | 苦しくなる形 | |
|---|---|---|
| 順番 | 返却物を確定 → 新しい先を決める → 解約を伝える | 解約を伝える → 新しい先を探す |
| 重なる期間 | 旧・新の両方が動く月を1か月つくる | 旧が終わった翌月から新が始まる(重なりゼロ) |
| 切り替える時期 | 期首、または年次業務のない月 | 決算期・年末調整期にまたがる |
| 手順書 | 契約時に帰属を決めてあるので出てくる | 決めていないので出てこない |
| 切替後 | 新しい先が数か月で通常運転に入る | 新しい先が長期間、探りながら処理する |
重なる期間を作ると、その月は二重に費用がかかります。それでも私が勧めるのは、ここを削った場合に発生する追加のやりとりのほうが、たいてい重くなるからです。新しい委託先は、資料が揃わない分を質問と確認で埋めます。その質問に答えるのは御社です。
2|その不満は、乗り換えで直る種類のものか
切り替えても同じことが起きるケースが一定あります。着手前に、不満がどの層のものかを分けてください。
| いま感じていること | 乗り換えで直りやすいか | 理由 |
|---|---|---|
| 担当者が替わるたびに品質が落ちる | 直りやすい | 受け方の設計の問題。工程で分けている先なら起きにくい |
| 質問への回答が遅い・返ってこない | 直りやすい | 体制と窓口の問題。契約時に応答の期限を決められる |
| 月次の締めが遅い | 条件つき | 社内からの資料提出が遅いことが原因なら、切り替えても遅いまま |
| 料金が高い | 条件つき | 数え方の違いのことがある。料金相場の内訳で比べ直す |
| 言ったことが伝わらない | 直りにくい | 依頼側のルールが言語化されていない場合、相手が替わっても同じになる |
| イレギュラーに弱い | 直りにくい | 外注という形の構造。デメリットに書いたとおり消えません |
下の2つが主な理由である場合、乗り換えよりも出す範囲の引き直しのほうが効きます。どこまで出してどこを社内に残すかは経理の丸投げはどこまで可能かと経理業務のアウトソーシングに整理しました。社内に戻す方向を含めて考えるなら経理の内製化も併せてご覧ください。
ひとつ確認しておきたいのは、不満の内容を、いまの委託先に一度も伝えていないケースが珍しくないことです。伝えたうえで改善しないなら切り替える理由になりますが、伝えていないなら、それは切り替えた先でも再現しえます。ルールを言葉にする作業は、どのみち新しい先にも必要になります。
3|解約を伝える前に、契約書で3つ確認する
順番を間違えないでください。解約の意思を伝えた後は、交渉の材料がほとんど無くなります。先に契約書を開いて、次の3条項を確認します。
(1) 解約予告期間
1か月前・3か月前・年度末のみ、など事業者によって差があります。ここで決まるのが「いつまでに新しい先を決めておく必要があるか」です。3か月前予告であれば、逆算すると新しい先の選定は今月中、ということになります。
(2) データの返却・削除の条項
会計ソフトが委託先の契約になっている場合、解約と同時にデータを見られなくなることがあります。クラウド会計を委託先名義で使っている場合は特に確認してください。誰の名義で契約しているか、解約後に閲覧できる期間があるか、書き出せる形式は何か。この3点です。名義の考え方はクラウド会計と経理代行に書きました。
(3) 手順書・マニュアルの帰属
私の見る限り、ここを契約書に書いている例は多くありません。書いていない場合、手順書は作成した委託先の側の資産という整理になることがあります。返してもらえるかどうかは交渉になります。当社では依頼元の資産という前提で作っていますが、これは業界の標準ではありません。次の契約では書き込んでおいてください。書式は経理マニュアルの作り方を参考にしていただけます。
権限の渡し方、預けたデータの戻し方をまとめて確認したい場合は経理の外部委託に一覧があります。
4|受け取るものは3層に分かれる
返却物は「データをください」では済みません。実務では3層に分かれ、下に行くほど出てこなくなります。
- データ。仕訳、総勘定元帳、証憑、取引先マスタ、固定資産台帳、給与関連の記録。多くの場合そのまま出ます。形式(CSVか、PDFか、会計ソフトのバックアップか)を指定してください。
- 手順。どの資料をいつ誰から受け取り、どの順で処理し、どこでチェックしているか。前項の帰属を決めていないと出てきません。
- 判断の理由。なぜこの取引だけ科目が違うのか、なぜこの取引先は締め日が別なのか。ここが最も戻りません。書き物として存在せず、担当者の頭の中にあることが多いためです。
3層目を取りにいく現実的な方法は、解約前に1回、質問リストを送って書面で回答をもらうことです。「イレギュラー処理の一覧と、その理由を教えてください」と頼む。関係が良好なうちに、契約が生きているうちにやります。
これは、社内の担当者が辞めるときに起きることと同じ構造です。属人化の場所が社内から社外に移っただけ、という話は経理の属人化に書きました。
返却物のチェックリスト
下の期限は、解約予告が1か月前の契約を前提に当社がお出ししている目安です。予告期間が長い契約なら、その分だけ前倒しできます。
| 受け取るもの | 形式の指定 | いつまでに(目安) |
|---|---|---|
| 仕訳データ(過去3期分が目安) | 会計ソフトのバックアップ+CSV | 解約日の30日前まで |
| 証憑(請求書・領収書・契約書) | 原本の返却か、電子の場合は保存形式ごと | 解約日まで |
| 各種マスタ(取引先・科目・部門) | CSV | 解約日の30日前まで |
| 月次の処理手順・チェックリスト | そのまま(体裁は問わない) | 解約日の60日前まで |
| イレギュラー処理の一覧と理由 | 箇条書きで可 | 解約日の60日前まで |
| 未処理・保留になっている案件の一覧 | 一覧表 | 最終月の締め時 |
なお、電子で受け取っている証憑を紙に戻して保存する形は取れません。保存の要件は電子帳簿保存法と経理に整理しています。
5|切り替える月を選ぶ
年間で見ると、切り替えに向く月と向かない月がはっきり分かれます。
| 時期 | 向き不向き | 理由 |
|---|---|---|
| 期首の月 | 最も向く | 期をまたいで処理が分かれない。前期は旧、当期は新と切れる |
| 年次業務のない通常月 | 向く | 月次だけを移せばよい |
| 決算期の前後2か月 | 避ける | 決算の途中で担当が変わると、根拠の確認先が消える |
| 11〜12月 | 避ける | 年末調整と重なる。給与まわりは年末調整の代行を参照 |
| 申告の直前 | 避ける | 申告に使う数字の作成過程が分断される |
年間の業務がいつ来るかは経理の年間スケジュールにまとめてあります。自社の期首と照らして、動かせる月を先に決めてください。
向く月・向かない月を感覚ではなく法定の期限から割り出す手順は、経理代行に切り替えるなら、いつが一番傷が浅いか|決算期・年末調整・給与改定を外した移行時期の決め方に分けて書きました。決算期末から申告期限までの3か月、年末調整と法定調書、住民税の切替、算定基礎届と労働保険の年度更新——この4つを置くと、空いている月が自動的に残ります。
年に1回しか起きない作業は、1年経たないと引き継ぎ切れません。乗り換えの完了は「移した日」ではなく「一巡した日」だと考えたほうが実態に合います。当社の場合、月次が落ち着くのが2〜3か月目、年次まで含めてひととおり回るのに1年です。
6|逆算のタイムライン
解約予告が1か月前の契約を前提に、私が実際にお出ししている段取りです。予告期間が長い契約の場合は、その分だけ前へずらしてください。
| 時期 | やること | 誰が |
|---|---|---|
| 切替の3か月前 | 契約書の3条項を確認。不満の切り分け。出す範囲を引き直す | 社内 |
| 2.5か月前 | 新しい候補と面談。返却物リストを見せて「これで受けられるか」を聞く | 社内+候補先 |
| 2か月前 | 新しい先を決定。契約書に手順書の帰属とデータ返却を明記 | 社内 |
| 2か月前(同時期) | いまの委託先へ解約を通知。返却物リストと期限を書面で渡す | 社内 |
| 1.5か月前 | 手順・イレギュラー一覧を受領。新しい先へ渡して質問を出してもらう | 旧→社内→新 |
| 1か月前 | 重なる月。旧が本番、新が並走で同じ月次を作り、差分を突き合わせる | 旧+新 |
| 切替月 | 新が本番。旧には未処理案件の一覧を出してもらう | 新 |
| 切替+1〜3か月 | 質問が集中する期間。社内窓口を1名固定しておく | 社内+新 |
並走の月にかかる二重の費用は、月額の1か月分が目安です。ここを削ると、そのぶんが切替後の質問対応として社内に返ってきます。費用が消えるのではなく、金額から手間へ形を変えるだけというのが実感です。
7|この局面だけ、選び方の見る場所が変わる
すでに外注している会社の乗り換えでは、はじめての外注とは違う項目が効きます。次の4つは、面談の場でそのまま聞いてください。
- 引き継ぎ期間の費用は、月額に含まれるか別か。別建ての場合、いくらで、何が含まれるか。ここが曖昧なまま始まると、後から出てきます。
- 前任の委託先へ、直接質問してもらえるか。やってくれる先とそうでない先があります。やってくれると、御社が伝書鳩をやらずに済みます。
- 手順書は誰の資産という整理か。次に切り替えるときのために、いま決めます。同じ失敗を2回やらないための項目です。
- 受け入れの時期に制約はあるか。決算期に業務が集中する事業者は、その時期の新規受け入れを絞ることがあります。
料金の比較そのものは経理代行の料金相場と記帳代行の料金を、契約の型(業務委託・準委任・派遣)の違いは経理を委託するをご覧ください。
8|よくある失敗
先に解約を伝えてしまう
最も多い形です。関係が終わったあとに手順書の返却を頼んでも、優先度は上がりません。解約通知と返却物リストは、同じ日に、同じ書面で出すのが実務的です。
新しい先に「前と同じでお願いします」と言う
前と同じ、が何を指すのかは、御社の中にしか記録がありません。ここが言語化されていないと、新しい先は当社を含めて手探りになります。最低限、月次の締め日・提出物・イレギュラー処理の3点は書き出してください。書き出す作業自体は経理業務の一覧と経理業務フローが下敷きになります。
並走の1か月を省く
費用を理由に省かれることが多い部分です。省いた場合、切替月の締めが遅れることを見込んでおいてください。遅れること自体より、遅れる前提を持たずに資金繰りや役員報告の予定を組んでしまうことのほうが影響します。資金の見通しの立て方は資金繰り表の作り方に書いています。
社内に窓口を置かないまま切り替える
切替直後は質問が最も増える時期です。窓口が決まっていないと、質問が社内で滞留して、そのぶん締めが遅れます。誰の手元で作業が増えるかを含めた設計は経理アウトソーシングのデメリットに書きました。
シメゴの場合
当社は乗り換えでのご相談が一定あります。その際、最初にお願いしているのは当社との契約ではなく、いまの委託先からの返却物リストの送付です。返ってきた内容を見て、足りない部分を先に取りにいっていただきます。
並走の1か月については、当社側の費用を通常の月額から抑えた形でお受けしています。並走の月は当社が作った月次を旧委託先の数字と突き合わせる工程で、御社にとっては切り替え前に品質を見られる機会でもあるためです。
逆に、面談の結果として「いまの委託先を続けたほうがよい」とお伝えすることもあります。2章の下2行(言ったことが伝わらない・イレギュラーに弱い)が主な理由の場合、切り替えでは解決しないためです。その場合は、出す範囲の引き直し方だけお伝えして終わりにします。
まとめ
経理代行の乗り換えは、新しい先を選ぶ作業ではなく、いまの先から取り戻す作業から始まります。
先に契約書の3条項(解約予告期間・データ返却・手順書の帰属)を確認する。返却物のリストを作り、解約通知と同じ日に渡す。切り替える月は期首か、年次業務のない月に置く。そして旧と新が重なる1か月を、費用を払ってでも作る。この4つで、切替後の混乱の大半は前倒しで潰せます。
そして次の契約書には、今回困った項目を書き込んでください。手順書は誰のものか、データはどの形式で返るのか、引き継ぎ費用はどちら持ちか。乗り換えの本当の成果は、次に乗り換えるときが楽になることだと考えています。
「いまの委託先を続けたほうがよい」も、そのままお伝えします。
いまの契約内容と不満の中身をうかがい、乗り換えで直る部分・直らない部分を仕分けたうえで、切替の段取りと概算をお出しします。切り替えない判断のほうが妥当な場合は、その旨をお伝えして終わりにします。
無料コスト診断を受ける →※本記事は一般的な実務の整理であり、個別の会計処理・税務上の取扱いについて結論を保証するものではありません。契約条件・解約予告期間・データの返却範囲・手順書の帰属は事業者および契約ごとに異なりますので、実際の判断はご契約中の契約書と各社の提示内容をご確認ください。税務代理・税務書類の作成・税務相談は税理士法第2条第1項に定める税理士の業務であり、当社では行いません。労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成・提出代行は社会保険労務士の業務であり、当社では行いません。労働者派遣に該当する形での役務提供は行っておりません。