経理マニュアルの作り方|属人化を解くのは、手順書ではなく判断基準
「経理のマニュアルを作らないとまずい」。この相談は、たいてい二つのきっかけで来ます。ひとつは、長く経理を回してきた人が辞めると言い出したとき。もうひとつは、その人が急に休んで、月次が止まったときです。どちらも起きてから慌てる点が共通しています。
そして、多くの会社が同じところで止まります。担当者に「マニュアルを作っておいて」と頼む。担当者は日々の締めで手一杯なので後回しになる。半年経ってもファイルは白紙のまま——という流れです。私は経理・会計システムの現場で、この光景を何度も見てきました。
止まる原因は、担当者のやる気ではありません。「全部の操作手順を書く」という無理な前提から始めていることです。この記事では、経理マニュアルに本当に書くべきものは何かを整理したうえで、忙しい会社でも進む作り方を具体的に書きます。
なぜ経理マニュアルは、いつまでも作られないのか
作業として重すぎるからです。仕訳の入力手順、会計ソフトの画面操作、銀行サイトの操作、経費のチェック、月次の締め——これを全部スクリーンショット付きで書き起こそうとすると、数十ページの仕事になります。日常業務の合間にやれる量ではありません。
しかも、頑張って書き上げた分厚いマニュアルほど、使われません。理由は単純で、読む側が知りたいのは「どのボタンを押すか」ではないからです。引き継いだ人が本当に詰まるのは、次のような場面です。
- この支払は、どの科目で処理するのが自社の決まりなのか
- この請求書は、いつの月に計上する取引なのか
- 金額が合わないとき、まずどこを見に行けばよいのか
- 締め日を過ぎて届いた請求書は、どう扱う決まりなのか
いずれも、ボタンの押し方ではなく判断です。前任者の頭の中にあって、どこにも書かれていないのはここです。属人化の正体は操作の知識ではなく、判断基準が言語化されていないことにあります。
経理マニュアルに書くべき4つの中身
優先順位をつけると、こうなります。上から順に、書く価値が高いものです。
| 書くもの | 中身 | 優先度 |
|---|---|---|
| 月次カレンダー | 何日に何をやるか。締め日・支払日・給与・提出物の並び | 最優先。1枚で全体が見える |
| 判断基準 | 科目の決め方、計上する月の決め方、例外が来たときの扱い | 高。属人化の中身そのもの |
| つながり先 | 誰に確認するか、どの資料を見るか、どのIDでどこに入るか | 高。止まったとき最初に必要 |
| 操作手順 | 会計ソフトや銀行画面のクリック手順 | 低。調べれば分かる・画面変更で古くなる |
ここで言いたいのは、操作手順を最後に回してよいということです。ソフトの画面はバージョンで変わりますし、いまはヘルプ画面も充実しています。一方で「うちはこの費用を消耗品費で処理する」という自社ルールは、どこにも書いていません。書く時間が限られているなら、後者から埋めるべきです。
作り方:4ステップで、まず1か月分
ステップ1|月次カレンダーを1枚つくる
最初にやるのは、文章を書くことではありません。1か月の経理の動きを、日付順に1枚の表にすることです。「5日 前月分の請求書発行」「10日 給与支払」「15日 支払処理」「20日 前月の締め完了」というように、日付と作業名だけを並べます。
これは経理担当者なら30分で書けます。そして、この1枚があるだけで、引き継ぎの怖さがかなり減ります。何が抜けたら困るのかが見えるからです。月次の全体像の作り方は月次決算のやり方で詳しく書いています。
ステップ2|業務を「判断が要るか」で仕分ける
カレンダーに並んだ作業を、二つに分けます。判断が要らない作業(レシートの入力、通帳の突合、定型の請求書発行)と、判断が要る作業(科目の決定、例外処理、締め切り後に来た取引の扱い)です。
この仕分けが、マニュアルの設計図になります。判断が要らない作業は手順を短く書けば足ります。判断が要る作業こそ、時間をかけて基準を言葉にする対象です。仕事の棚卸しの切り口は経理業務の一覧にまとめています。
ステップ3|重い順に、1業務1ページで書く
全部を一気に書こうとしないでください。「その人が休んだら明日止まる作業」から順に、1業務1ページで書きます。1ページの型は、次の5行で十分です。
- いつやるか(毎月10日、締め日の翌営業日 など)
- 何を用意するか(どのファイル・どの画面・誰からもらう資料か)
- やること(箇条書きで5〜10行。細かい操作は書かない)
- 判断の決まり(迷ったときの自社ルール。ここを厚く)
- 詰まったら誰に聞くか(社内の担当者名、顧問税理士の連絡先)
1業務あたり20〜30分で書けます。週に2本ずつ書けば、2か月で主要な業務は埋まります。分厚い1冊を目指すより、この形のほうが確実に前に進みます。
ステップ4|更新の決まりを最初に作る
マニュアルが死ぬ一番の原因は、更新されないことです。各ページの先頭に「最終更新日」と「書いた人」を入れ、実務が変わったらその場で直す——このルールだけ決めておきます。年に一度の棚卸しより、変えたその日に一行直すほうが続きます。
続くマニュアルと、続かないマニュアルの違い
これまで見てきた中で、差が出るのは次の3点でした。
| 観点 | 続かない形 | 続く形 |
|---|---|---|
| 単位 | 分厚い1冊のファイル | 1業務1ページに分割 |
| 中身 | 画面のクリック手順が中心 | 判断基準と確認先が中心 |
| 置き場所 | 担当者のPC内やメール添付 | 共有フォルダやクラウドで全員が開ける |
| 更新 | 誰が直すか決まっていない | 変えた人がその場で直し、更新日を残す |
置き場所は軽く見られがちですが、重要です。担当者のPCの中にあるマニュアルは、その人が休んだ日に開けません。それでは、そもそもの目的を果たしません。
マニュアルでは解決しないこと
正直に書いておきます。マニュアルを整えても、解決しない問題があります。作業の絶対量が一人分を超えている場合です。
手順が書かれていれば引き継ぎはできますし、休んだときに誰かが代わりに動けます。それは大きな価値です。しかし、毎月の記帳と締めに40時間かかっているなら、マニュアルがあってもその40時間は誰かがやらなければなりません。書き出したことで、かえって量の重さがはっきりする会社もあります。
そこから先は、業務そのものを減らすか、外に出すかの判断になります。減らし方は経理業務の効率化で、人手が足りないときの考え方は経理の人手不足で整理しています。
シメゴの考え方:マニュアルづくりは、外に出す前の準備でもある
私たちが経理をお引き受けするとき、最初にお願いするのがこの月次カレンダーと判断基準です。手順は私たちが型を持っていますが、「この会社ではどう処理するのが正しいか」は、その会社にしかない情報だからです。
つまり、経理マニュアルを作る作業は、引き継ぎのためだけのものではありません。外に出せる作業と、社内に残る判断を切り分ける作業そのものです。書き出してみて「判断が要らない作業がこんなに多かったのか」と気づく会社は少なくありません。そこが、外に出せる部分です。
シメゴがお引き受けするのは、記帳から月次の締め・レポートまでの範囲です。決算や税務申告は税理士の領域として、顧問税理士と連携しながら進めます。
まとめ
経理マニュアルが進まないのは、操作手順を全部書こうとするからです。書くべきは、月次カレンダー・判断基準・確認先の3つ。操作手順は最後で構いません。
進め方は、①1か月の動きを1枚の表にする、②判断が要る作業と要らない作業に分ける、③止まると困る順に1業務1ページで書く、④更新の決まりを先に作る——この4ステップです。全部を一度に書かず、週2本のペースで積み上げてください。
そして書き終えたとき、判断が要らない作業の多さに気づいたら、それは外に出せるサインです。「うちの経理、どこまでを型にして、どこから外に出せるか」を一緒に整理したい方は、無料コスト診断からお声がけください。