給与計算を外注したのに社内の手間が減らない会社は、何を出し忘れたのか
「給与計算はもう外に出しているんです。でも、担当者の忙しさが変わらなくて」。乗り換えのご相談で、この言い方をされる会社がかなりあります。金額の不満ではなく、払っているのに手元の作業が減っていないという不満です。
先に申し上げると、これは外注先の質が低いから起きているとは限りません。私(浅香)が見てきた範囲では、原因のほとんどは「給与計算」という言葉が指す範囲が、会社側と受託側でずれたまま契約されていることにあります。会社は月次の給与業務まるごとを想像し、受託側は計算工程を想像している。この差が、そのまま社内に残ります。
この記事は、これから外注先を選ぶ会社ではなくすでに出していて、効果が出ていない会社に向けて書きます。代行と社労士の線引きは給与計算のアウトソーシングに、任せられる範囲と料金の目安は給与計算代行に書いていますので、そちらは前提として省きます。
1|先に結論|外注で消えるのは「計算」で、手間の実体は計算の前後にある
給与の月次を工程に割ると、外に出るのは真ん中の1〜2工程だけです。当社が受託の初回に会社と一緒に埋める表を、そのまま載せます。
| 工程 | 中身 | 外に出るか | 出したあと社内に残るもの |
|---|---|---|---|
| 1. 勤怠の締め | 打刻漏れ・申請漏れの督促、上長承認 | 出ない | 全部(督促も含めて) |
| 2. 変動データの収集 | 残業、各種手当、通勤費の変更、控除の増減 | 集約の一手前まで | 集めて渡す部分 |
| 3. 人事イベントの反映 | 入退社、扶養の増減、住所変更、休職、産休育休 | 反映の作業は出る | 発生したと知らせる部分 |
| 4. 計算 | 支給額・控除額・社会保険料・所得税の算定 | 出る | ほぼ残らない |
| 5. 検算・確認 | 前月との差分確認、支給総額の承認 | 一次確認は出る | 最終承認 |
| 6. 支給 | 振込データの作成、明細の配布 | データ作成は出る | 承認と振込の実行 |
| 7. 支給後 | 本人からの問い合わせ、誤りの修正 | 調査は出る | 一次受けと回答 |
4番だけが完全に消えます。会社によって差はありますが、当社が実際に受託して工数を数えた案件では、4番の計算が月次の給与業務全体に占める割合は、おおむね2〜3割でした。残る7割は1・2・3・7に集中しています。ここを設計しないまま計算だけを出すと、「外注したのに減らない」という状態がそのまま出来上がります。
この記事で「手間」と呼んでいるのは作業時間だけではありません。締め日が近づくと落ち着かない、という状態そのものを含んでいます。計算を外に出しても、勤怠が揃わない不安は社内に残ります。減らしたいのがどちらなのかを、先に決めておいてください。
2|手間が減らない会社が出し忘れている4つ
効果が出ていない会社に共通するのは、次の4つが契約にも運用にも書かれていないことです。順に見ていきます。
(1) 勤怠を「確定させる」責任が宙に浮いている
外注先に渡せるのは、確定した勤怠データです。確定していないデータは受け取れません。ところが実務で時間を食うのは確定させるまで、つまり打刻漏れの人に声をかけ、申請の出ていない残業を出させ、承認が止まっている上長を追いかける工程です。
ここを誰の仕事にするかを決めずに契約すると、担当者は毎月同じ督促を続けたまま、計算だけが外に行きます。本人の体感として最も重い工程が丸ごと残るので、「減っていない」という感想になります。
(2) 変動データの入口が社内で散らばったまま
通勤経路の変更は総務に、資格手当は上長に、立替の精算は経理に、家族が増えた話は雑談で。この状態で外注すると、担当者の仕事は「散らばった情報を集めて1つの表にする」ことになります。計算より、この集約のほうが時間がかかります。
入口が1つになっていない限り、外注先を替えても同じです。業務の棚卸しの手順は経理業務の一覧と経理業務フローに書いた考え方がそのまま使えます。
(3) 人事イベントの発生を知らせる導線がない
入退社・扶養の増減・休職は、起きた月にしか正しく処理できません。そして起きたことを知っているのは、たいてい現場の上長です。導線がないと、月末に担当者が「今月、何かありましたか」と各部署に聞いて回ることになります。
これは外注先には作れません。社内の情報が社内で流れていない問題だからです。
(4) 支給後の問い合わせを、誰が一次受けするか決めていない
明細を配った日から数日は、質問が来ます。「控除が先月と違う」「残業が反映されていない」。多くは説明で終わりますが、説明するには計算の中身を知っている必要があります。ここを決めていないと、担当者が毎回外注先に確認して、社員に伝え直す伝書鳩になります。
問い合わせは件数こそ多くありませんが、割り込みで来るため、体感の負荷が実時間より大きくなる種類の仕事です。
3|「毎月同じことを聞かれる」のは、情報不足ではなくルール不在
外注先からの質問が減らない、という相談もよくいただきます。質問は3種類に分けられます。
- 事実が足りない。資料が届いていない、数字が空欄。これは渡せば終わります。
- ルールが決まっていない。会社としてどう扱うか決まっていないので、外注先は聞くしかない。
- 例外の判断。今回だけの事情があり、判断が要る。これは残ります。
当社が受託して最初の3か月に出す質問を数えると、件数として最も多いのは2番です。そして2番は、一度決めれば二度と発生しません。逆に言えば、決めないまま外注を続けると、同じ質問を毎月受け続けることになります。
| 毎月来がちな質問 | 決めておけば消えるルール |
|---|---|
| 月の途中で入社した人の通勤手当は | 日割りにするか、満額にするか(就業規則・賃金規程の記載を確認) |
| 締め日をまたいだ残業はどちらの月に | 締め日の定義と、またいだ勤務の帰属月 |
| 遅刻早退の控除は何分単位で | 控除の単位と、端数の扱い |
| この手当は社会保険料の対象か | 手当ごとの取り扱いを一覧化しておく |
| 立替経費を給与に乗せてよいか | 給与と経費精算を分ける方針(分けたほうが後で追えます) |
| この人の有休の取り方をどう記録するか | 時間単位での取得を認めているか、その根拠となる労使協定の有無 |
実務的なやり方をひとつ挙げます。外注先から来た質問を、3か月ぶんそのまま溜めてください。同じ質問が2回来たものだけを抜き出すと、決めるべきルールの一覧になります。ゼロから規程を書き起こすより早く、漏れも少ないです。書き方は経理マニュアルの作り方を参考にしていただけます。
この質問ログは、担当者が辞めるときにも効きます。頭の中にしかなかった判断が、質問と回答の形で外に出るためです。属人化の話は経理の属人化に書きました。
4|月額の外にある「年に数回の重い月」を数えていない
給与は毎月同じ形で来るように見えて、年に数回だけ大きく膨らみます。ここが月額に含まれるかどうかを確認していない契約が、かなりあります。
| 時期 | 起きること | 確認しておく点 |
|---|---|---|
| 賞与の支給月 | 賞与の計算、社会保険料の計算、支払届の対象 | 月額に含まれるか、回数に上限があるか |
| 6月 | 住民税の税額が新年度に切り替わる | 通知書を誰がどう渡すか、反映の期限 |
| 6〜7月 | 労働保険の年度更新、社会保険の算定基礎 | これらは社会保険労務士の領域。誰に頼むか |
| 11〜12月 | 年末調整の書類回収と計算 | 回収の督促は社内に残る。年末調整の代行を参照 |
| 1月 | 法定調書、給与支払報告書の提出 | 提出主体と期限、誰が最終確認するか |
年間で何がいつ来るかは経理の年間スケジュールにまとめてあります。「毎月の作業は軽くなったが、6月と12月は去年と同じだった」という結果になりやすいのは、この部分の切り分けを契約時にしていないためです。料金の内訳の見方は経理代行の料金相場に整理しました。
5|手間を実際に減らす順番
すでに出している会社が、いまから効果を出す順番です。上から順にやってください。順番を変えると効きません。
① 勤怠の締めを、給与の締めから切り離して前倒しする
給与の締めと勤怠の締めを同じ日にしていると、督促と計算が同じ日に重なります。勤怠の確定を支給日から逆算して数営業日前に固定し、その日を過ぎたら翌月調整にする、と決めてください。締め切りを守らせるのではなく、守らなくても回る形にするのが要点です。
② 変動データの入口を1つにする
手当も通勤費も家族の変更も、同じ場所に出す。紙でもフォームでも構いませんが、置き場所が1つであることのほうが、道具の良し悪しより効きます。ここまでやって初めて、集約の作業が外注先に渡せる形になります。
③ 人事イベントを、月末ではなく発生時に流す
上長から総務へ、発生した日に一報が入る形にします。月末にまとめて聞く運用をやめるだけで、担当者の月末が明確に軽くなります。
④ 支給後の問い合わせにFAQを用意する
実際に来た質問と回答を、そのまま社内に置きます。控除額の変動理由、残業の反映月、通勤費の切り替え時期。この3つで問い合わせの大半が説明できるようになります。
ここまでやってから、外注先に渡す範囲をもう一度引き直してください。どこまで出せるかの考え方は経理の丸投げはどこまで可能かと経理業務のアウトソーシングに書いています。
6|それでも社内・社外に残るもの
誠実にお伝えしておくと、次のものは外注では消えません。
- 労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成・提出代行。これは社会保険労務士の業務であり、当社では行いません。算定基礎、労働保険の年度更新、各種の資格取得・喪失の手続きは、社会保険労務士にご依頼ください。
- 就業規則・賃金規程・労使協定の設計と改定。手当の作り方や控除の単位は、そもそもここで決まります。
- 支給額そのものの決定。評価と昇給は会社の意思決定です。
- 振込の承認と実行。お金を動かす権限を社外に出す形は、当社ではお勧めしていません。この考え方は支払代行にも同じことを書いています。
- 社員への説明。「なぜこの金額なのか」を社員に説明するのは、会社の役割です。
権限の渡し方やデータの預け方をまとめて確認したい場合は経理の外部委託に一覧があります。
7|よくある失敗
月額の安さだけで選び直す
手間が減らないので乗り換える、という判断はあり得ますが、原因が社内側の設計にある場合、安い先に替えると質問が増えて社内工数はむしろ増えます。切り替えの段取りは経理代行を切り替えるときにまとめました。
全部を一度に出して、社内に説明できる人がいなくなる
計算の中身を誰も追えなくなると、社員からの質問に答えられません。検算のやり方だけは社内に残してください。全項目でなく、支給総額と社会保険料の合計が前月からいくら動いたか、その理由が言えれば足ります。
勤怠の仕組みを変えないまま外注する
紙の出勤簿を集計して渡している状態では、削れる工数に上限があります。ここは道具の話なので経理効率化ツールも併せてご覧ください。
担当者に伝えないまま進める
給与は本人にとって最も重い担当業務です。相談なく外に出す形にすると、仕事が確認だけになったと受け取られ、退職の引き金になることがあります。引き継ぎの設計は経理の引き継ぎに書きました。
シメゴの場合
当社が給与まわりをお受けするとき、最初にお渡しするのは見積ではなく「決めていただくことのリスト」です。上の3章に挙げたような、通勤費の日割り・控除の単位・締め日をまたぐ残業の帰属といった項目を並べたもので、だいたい20〜30項目になります。埋まらない項目があっても構いません。埋まらなかった項目が、そのまま毎月の質問になるということだけ、先に共有しておきます。
受託後の3か月は、質問が最も多い時期です。当社はこの期間に出た質問と回答を一覧にして会社にお返ししています。外注を続ける場合は運用ルールとして、社内に戻す場合は引き継ぎ資料として使えるためです。
不利なことも書いておきます。従業員数が少なく、手当の種類も少なく、勤怠が既に1か所で締まっている会社は、計算を外に出しても月あたりで削れる時間がわずかにとどまることがあります。面談でそう見立てた場合は、その旨をお伝えして見送りをお勧めしています。逆に効果が大きいのは、人数の増減が多い会社、拠点や雇用形態が分かれている会社、そして給与を1人で抱えている会社です。1人で抱えている状態の危うさは経理の人手不足に書きました。
まとめ
給与計算の外注で消えるのは、計算です。手間の実体は、その前後にある「集めること」と「決めること」で、ここは契約書に書かれていないので、そのまま社内に残ります。
出し忘れやすいのは4つ。勤怠を確定させる責任、変動データの入口、人事イベントを知らせる導線、支給後の問い合わせの一次受け。この4つを決めないまま外注先を替えても、結果は変わりません。
いま外注していて効果が出ていないなら、まず外注先から来た質問を3か月ぶん溜めて、2回以上来たものをルールにするところから始めてください。外注の効果は、渡す範囲の広さではなく、渡す前に決まっている量で決まります。
すでに外注していて、手間が減っていない場合のご相談も承ります。
いまの契約範囲と、社内に残っている工程をうかがい、減らせる部分と減らせない部分を仕分けたうえで、切り分けの案と概算をお出しします。切り替えないほうが妥当と見立てた場合は、その旨をお伝えして終わりにします。
無料コスト診断を受ける →※本記事は一般的な実務の整理であり、個別の給与計算・税務上の取扱いについて結論を保証するものではありません。手当の取り扱い、控除の単位、締め日の定義などは就業規則・賃金規程および各社の契約内容によって異なりますので、実際の判断は自社の規程と専門家の確認のうえで行ってください。労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成・提出代行は社会保険労務士の業務であり、当社では行いません。税務代理・税務書類の作成・税務相談は税理士法第2条第1項に定める税理士の業務であり、当社では行いません。労働者派遣に該当する形での役務提供は行っておりません。