給与計算は社労士に頼むか、代行会社に頼むか
給与計算を外に出すと決めたあと、次の一手で止まる会社がかなりあります。「社労士さんに頼むのと、代行会社に頼むのは、どちらがいいですか」。見積を2枚並べて、月額と対応人数を見比べて、決められないまま数か月経つ。よくある景色です。
比べる軸が違うから決まりません。この2つは、同じ仕事の安い版と高い版ではなく、そもそも引き受ける範囲の端が違います。並べて安いほうを選ぶと、抜けた端の作業が社内に戻ってきます。
先に、当社にとって都合の悪いことから書きます。社会保険・雇用保険の手続きまで外に出したい会社は、経理代行会社だけでは完結しません。当社もそうです。当社が受けられるのは計算と支給データの作成までで、その先は社会保険労務士の領域です。ここを曖昧にしたまま契約すると、入社1名のたびに社内の誰かが役所の書類を書くことになります。
この記事は「誰に発注するか」という委託先の型の選択だけを扱います。どこまで出せるかの範囲の線引きは給与計算のアウトソーシングに、任せられる作業と料金の目安は給与計算代行とはに、外に出したのに手間が減らない場合は給与計算を外注したのに社内の手間が減らない会社に分けて書いています。
1|分岐は1つだけです
ご相談の場では、最初にこれだけを聞きます。「社会保険と雇用保険の手続きは、いま誰がやっていますか」。答えで行き先がほぼ決まります。
| いまの状態 | 向いている委託先 | 理由 |
|---|---|---|
| 手続きも外に出したい(社内に人がいない・やり方が分からない) | 社労士 | 手続きは社労士の業務。計算だけ外に出しても、手続きが社内に残る |
| 手続きは顧問の社労士がすでにやっている | 代行会社/または社労士に寄せる | 計算を代行会社に出すか、既にいる社労士に寄せるかの選択になる |
| 手続きは社内でできる。計算と明細と振込データだけ重い | 代行会社 | 計算は社労士の独占業務とはされていない。範囲の狭い先で足りる |
| 会計・記帳もまとめて出したい | 経理代行(給与も受ける先) | 給与仕訳の受け渡しが消える。ただし別の論点が出る |
4行目は、まとめること自体に別の判断が要ります。1社に寄せると乗り換えのときに両方が同時に止まるためで、その判断軸は経理と給与計算をまとめて出すべきかに3つの軸で書きました。
2|法律が引いている線を、条文で確認しておく
ここは伝聞で語られがちなので、条文で押さえます。社会保険労務士法(昭和43年法律第89号)の第2条第1項が、社会保険労務士の業務を号ごとに並べています。要点だけ抜くと、こうなっています。
- 第1号:労働社会保険諸法令に基づいて申請書等を作成すること。
- 第1号の2:申請書等について、その提出に関する手続を代わってすること(提出代行)。
- 第1号の3:申請・届出・報告・審査請求等について代理すること(事務代理)。
- 第2号:労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類を作成すること。
- 第3号:労務管理その他の労働に関する事項および社会保険に関する事項について相談に応じ、又は指導すること。
そのうえで第27条(業務の制限)が、社会保険労務士または社会保険労務士法人でない者は、他人の求めに応じ報酬を得て、第2条第1項第1号から第2号までに掲げる事務を業として行ってはならないと定めています(他の法律に別段の定めがある場合等を除く)。
ここで読み取れることが2つあります。ひとつは、制限の対象として挙げられているのは第1号から第2号までで、第3号(相談・指導)は挙げられていないこと。もうひとつは、給与の計算そのもの、明細の作成、振込データの作成は、この号のどこにも書かれていないことです。だから給与計算会社や経理代行会社が計算を受けられます。
ただし、賃金台帳は少し性質が違います
注意しておきたいのが第2号の「労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類」です。給与に関わる法定の帳簿には、労働基準法第108条の賃金台帳があります。同条は、使用者は各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項および賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を、賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならない、としています。保存については第109条があり、こちらは5年(附則の経過措置により、当分の間は3年)です。
実務では、給与計算を受けた側が計算結果として賃金台帳の形を出力することが広く行われています。これが第2号の「帳簿書類の作成」に当たるかどうかの解釈について、当社は判定する立場にありません。ここでお伝えしたいのは、委託先を決める前に、賃金台帳と労働者名簿を誰が作り、誰が保存するのかを契約書で1行決めておいてくださいということだけです。決めていない会社を実際に見ます。計算は外、台帳は誰も作っていない、という状態が起こり得ます。
3|社労士に頼むと、何がまとまるか
社労士に給与計算まで含めて頼む形の利点は、人が動いたときに1回で終わることです。給与の外注で本当に重いのは、毎月の計算より、人が入る・辞める・扶養が変わる・住所が変わる、といったイベントのほうです。
- 入社1名で発生する作業が、1つの窓口で完結する。 資格取得の手続きと、初回給与への反映と、住民税の扱い。別々の先に出していると、同じ情報を2回渡すことになります。
- 算定基礎届・労働保険の年度更新の時期に、社内が動かなくて済む。 6〜7月に集中する重い月です。給与データを持っている先が手続きも持っていると、この月の社内工数がほぼゼロになります。
- 就業規則や36協定と、給与の計算方法がずれない。 残業単価の基礎に何を入れるか、休日出勤の割増をどう扱うか。規程を見ている人と計算する人が同じなら、ずれが起きにくくなります。
- 労務のトラブルが起きたとき、経緯を知っている人がいる。 これは相談・指導(第3号)の領域です。
逆に、社労士に頼む形で会社側が不満を持ちやすいのは、会計側との接続です。給与の結果を会計ソフトに取り込む工程は労務の外にあるので、給与仕訳の作成やCSVの様式合わせが社内に残りがちです。従業員数が少ないうちは手作業で足りますが、拠点や部門で配賦が要る会社では、ここが毎月の負担になります。
4|代行会社に頼むと、何がまとまるか
給与計算会社・経理代行会社に頼む形の利点は、数字が会計まで一直線でつながることです。
- 給与仕訳がそのまま会計に入る。 部門別・プロジェクト別の配賦が要る会社ほど効きます。
- 社会保険料・源泉所得税・住民税の納付まで、資金の動きとして1本で見える。 支払業務までお預かりしている場合は、納付漏れの検知が同じ流れの中でできます。
- 変動費の多い給与に強い。 出来高・歩合・複数拠点のシフトなど、勤怠から計算までの加工が重い会社は、計算を専門に持つ先のほうが速いことがあります。
- 年末調整の計算・とりまとめを、月次の流れの中で回せる。 資料回収の設計は年末調整代行に書いたとおり、9月に決めないと間に合いません。
不満が出やすいのは、当然ながら手続きが残ることです。入社のたびに資格取得届を書く人が社内に要ります。ここを社内でやると決めたのに、実際には誰も引き受けなかった、という形で表面化します。
5|どちらか一方では回らない会社もあります
「社労士か、代行会社か」の二択で書いてきましたが、実際には2社体制のほうが素直な会社があります。次のどれかに当てはまるなら、無理に1社へ寄せる必要はありません。
- 従業員が30名を超えて、なお増えている。 手続きの件数と計算の複雑さが、どちらも同時に伸びます。片方に寄せると、寄せた側の得意でない領域が先に詰まります。
- すでに顧問社労士がいて、関係が良い。 手続きはそのまま置き、計算だけを外に出す形です。個人情報の流れを増やさないという観点では、給与も社労士に寄せる案も併せて検討してください。
- 会計側の要求が細かい。 部門別・工事別・製番別の配賦がある会社は、給与仕訳を作る側が会計を分かっている必要があります。
- 就業規則の改定を控えている。 規程が動く年は、労務側に相談できる先を確保しておくほうが安全です。
2社体制にする場合、決めておく1行は「勤怠の確定データを、どちらが最初に受け取るか」です。ここを決めないと、同じ勤怠データが2か所に流れて、片方だけ古い、という事故が起きます。受け入れ体制の作り方は経理を外に出したあと、社内に誰を残すかに整理しました。
6|見積を取る前に、自社で数える3つ
見積を並べても決まらないのは、比べる前提が揃っていないからです。相見積を取る前に、この3つを自社で数えてください。数えるのに30分もかかりません。
- 昨年1年間の、人事イベントの件数。 入社・退職・扶養の増減・住所変更・氏名変更の合計です。この数が多い会社は、月額より手続きの単価のほうが効きます。0〜2件なら手続きは社内で足りることが多く、10件を超えるなら社労士側に寄せたほうが安く済みます。
- 給与仕訳を会計に入れるのに、毎月かかっている時間。 15分なら論点になりません。2時間かかっているなら、会計につながる先を選ぶ価値があります。
- 給与の変動要因の数。 固定給のみか、残業のみか、それとも歩合・手当・複数拠点・シフトが絡むか。要因が4つを超えると、計算の難度が一段上がります。
この3つを持って行くと、どちらの相手でも見積の精度が上がります。逆にこれを持たずに「うちは何人です」だけで見積を取ると、返ってくるのは人数単価の表だけで、比べても差が出ません。見積の読み方そのものは経理代行の見積の内訳に書いた考え方が、給与にもそのまま使えます。
7|相手ごとに、聞く質問が変わります
最後に、面談で聞く質問を相手別に置いておきます。同じ質問を両方にしても、比べられません。
| 聞く相手 | 確認する質問 |
|---|---|
| 社労士 | 給与計算は事務所内で行いますか、外部の給与計算会社に再委託しますか |
| 給与仕訳のCSVは出せますか。会計ソフトの様式に合わせられますか | |
| 手続きの費用は月額に含まれますか、件数ごとの実費ですか | |
| 代行会社 | 社会保険・雇用保険の手続きが必要になったとき、どこへ繋いでもらえますか |
| 賃金台帳と労働者名簿は、どちらが作成し、どちらが保存しますか | |
| 算定基礎と年度更新の時期に、当社が用意する資料は何ですか | |
| 両方に | 担当者が休んだとき、誰が代わりますか。支給日は動かせません |
最後の1問は、どちらに頼む場合でも外せません。給与は支給日が動かない仕事です。体制の答えが1人の名前で返ってきたら、その1人が休んだ月の段取りまで聞いてください。
シメゴの場合と、正直に申し上げること
当社は経理代行会社で、給与計算もお受けしています。そのうえで、こうご案内しています。
- 労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成・提出代行・事務代理は行いません。 これは社会保険労務士の業務です。当社がお受けするのは計算と支給データの作成までです。
- 人事イベントが年10件を超える会社には、社労士側へ寄せる案を先にお出しします。 当社が計算を受けたほうが売上にはなりますが、手続きが社内に残る形は、外に出した意味が薄くなります。
- すでに顧問社労士がいる会社には、まず「その先で給与計算も受けられるか」を確認していただくようお願いしています。 受けられるなら、そちらのほうが流れが単純です。会計側の接続に難があるときに、当社の出番だと考えています。
- お受けする場合は、賃金台帳・労働者名簿の作成と保存の分担を、契約書に明記します。 ここを曖昧にしたまま始めません。
「全部できます」と言えないぶん、初回の面談では話が短く終わることがあります。それでも、入社1名のたびに社内の誰かが役所の書類を書く形を作らないほうが、結局は安いと考えています。
まとめ
社労士か代行会社かは、金額では決まりません。決めるのは社会保険・雇用保険の手続きまで外に出すかどうかの一点です。出すなら社労士、計算と支給データまでなら代行会社でも回ります。
法律の線は明確です。社会保険労務士法第2条第1項の第1号から第2号までに挙げられた事務は、第27条で社労士以外が業として行うことを制限されています。一方で給与の計算そのものは、この号に書かれていません。ただし賃金台帳のような法定帳簿の扱いは第2号に関わる領域なので、誰が作り、誰が保存するかを契約書で決めてから始めてください。
そして見積を取る前に、人事イベントの年間件数・給与仕訳を会計に入れる時間・給与の変動要因の数、この3つを数えておくこと。数えてから見積を取ると、2枚の見積が比べられる形になります。どちらか一方に寄せることが常に正解ではありません。30名を超えて増えている会社では、2社体制のほうが素直に回ります。
社労士に寄せるべきか、代行会社で足りるかを、御社の件数で判断します。
人事イベントの年間件数・給与仕訳の工数・変動要因の数をうかがい、どちらの型が合うかをお返しします。社労士側に寄せたほうがよいと判断した場合は、そうお伝えします。
無料コスト診断を受ける →※本記事は公表されている法令の条文および一般的な実務の整理であり、個別の事案における取扱いや適否を判定するものではありません。社会保険労務士法(昭和43年法律第89号)第2条第1項および第27条、労働基準法第108条・第109条を参照しています。労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成・提出代行・事務代理は社会保険労務士の業務であり、当社では行いません。税務代理・税務書類の作成・税務相談は税理士の業務であり、当社では行いません。個別の判断については、顧問社会保険労務士・顧問税理士にご確認ください。