経理の委託で牽制は効くのか|1人に任せている会社で、お金の事故はどこで起きるか
経理を外に出すご相談で、最後のほうになって小さな声で出てくる話があります。「うちは経理が1人なので、正直、中がまったく見えていないんです」。
この一言は、たいてい人手不足やコストの話がひととおり終わったあとに出てきます。先に出てこないのは、口にした瞬間に目の前の担当者を疑う話に聞こえてしまうからです。だから相談の議題にならないまま、不安だけが何年も残ります。
先に結論を書きます。経理を外に出すと、牽制は「効く部分」と「まったく効かない部分」にはっきり分かれます。効くのは記録の側です。現金と承認は、外に出しても社内に残ります。ここを分けずに「外注すれば安心」と考えると、いちばん危ない場所がそのまま残ります。この記事では、牽制の中身を3つに分解し、外注でどこまで動くのかを線引きします。
それから、書き方についてひとつだけ先に断らせてください。この記事は、担当者を疑うための記事ではありません。1人に全部を預けている状態は、本人にとっても危うい状態です。何かが合わなかったとき、疑いを向けられる先が1人しかいないからです。牽制は、会社を守る仕組みであると同時に、担当者を守る仕組みでもあります。当社はその置き方でしかご提案しません。
1|「牽制」とは、具体的に何を分けることか
牽制という言葉は、現場では「見張る」の言い換えとして使われがちです。実際の中身はもっと具体的で、1つのお金の動きに、複数の人の手を通すという設計のことを指します。
企業会計審議会が定める「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」(令和5年4月7日改訂)には、統制活動の説明として次の記述があります。
「例えば、取引の承認、取引の記録、資産の管理に関する職責をそれぞれ別の者に担当させることにより、それぞれの担当者間で適切に相互牽制を働かせることが考えられる。」(同基準 Ⅰ.2.(3) 統制活動)
分けるべき職責は、承認・記録・資産の管理の3つです。同じ基準は、職務を分けることの効果として、不正や誤りを起こしにくくすることに加えて、「業務を特定の者に一身専属的に属させることにより、組織としての継続的な対応が困難となる等の問題点を克服することができる」とも書いています。牽制と、担当者が辞めたときに止まらないことは、同じ設計から出てくる効果だということです。
なお、この基準は金融商品取引法の内部統制報告制度のためのもので、非上場の中小企業に適用される義務はありません。ここで参照しているのは考え方の骨格であって、制度への対応を求めるものではありません。
2|1人経理の会社では、3つのうち何が重なっているか
経理が1人の会社では、この3つが次のように重なります。重なり方は会社によって違うので、当てはまるものを数えてみてください。
| 職責 | 具体的な行為 | 1人経理でよくある状態 |
|---|---|---|
| 承認 | 支払ってよいと決める/請求書を通す/経費を認める | 社長が最終承認しているが、金額と件数が多く、実質は目を通すだけになっている |
| 記録 | 仕訳を起こす/台帳に載せる/消し込む | 担当者1人が全部を入力し、内容を確認する人がいない |
| 資産の管理 | 現金を持つ/通帳・カードを持つ/振込を実行する | 小口現金の金庫の鍵も、ネットバンキングの操作も同じ人 |
危ないのは「記録」が1人であること自体ではありません。記録と資産の管理が同じ人に乗っていて、そのうえ承認が形だけになっている状態です。3つのうち2つが重なった時点で、自分で動かして自分で記録を合わせることが物理的に可能になります。
ここで、5つだけ自己点検の質問を置きます。社長が答えられるものばかりです。
- 小口現金の残高を、担当者以外の人が数えたのは、直近でいつですか。
- ネットバンキングで振込を作る人と、実行を承認する人は、別の人ですか。
- 先月の通帳の入出金を、担当者以外が1行ずつ見た人はいますか。
- 売掛金の消し込みで「値引き」「相殺」の処理をした件について、理由を説明できる人は社内に何人いますか。
- 担当者が1週間続けて休んだことが、この2年でありますか。
5つ目が「ない」なら、それは休めない職場だというだけでなく、誰も代わりに帳簿を触っていないという意味でもあります。属人化そのものをどう崩すかは経理の属人化|手順書を作っても直らない理由と、崩す順番に書きました。この記事は、そこから牽制の話だけを取り出しています。
3|外に出すと、牽制が効く場面
記帳を外に出すと、何が変わるか。いちばん大きいのは、記録が社内の1人の手から離れることです。ここから効いてくるものが3つあります。
(1) 証憑と記録が突き合わされるようになる
外部が記帳する場合、仕訳の元になる証憑をこちらに渡していただく必要があります。つまり「証憑がない支出」は、そのままでは記録できません。社内の1人が全部やっていると、証憑がなくても記録は進んでしまいます。渡す・受け取るという工程が入るだけで、証憑の有無が必ず表に出ます。
(2) 説明を求める人が、社内の人間関係の外にできる
社内では聞きにくい質問があります。「この支払の相手先はどこですか」「この振替の理由は何ですか」。長く一緒に働いているほど、聞くこと自体が失礼に感じられます。外部の記帳担当は、その遠慮がありません。質問リストが毎月出るという状態が、それだけで牽制になります。
(3) 記録が二重になり、あとから見返せる形で残る
社内の1人だけが持っていた情報が、月次のやり取りの中で文字になって残ります。証憑の授受の記録、質問と回答、修正の履歴。何かを確かめたくなったときに、担当者に聞く以外の道ができるということです。これは不正の話に限らず、担当者が急に辞めたときにそのまま効きます。
逆に言えば、外注で効くのはこの「記録の二重化」までです。ここから先は、外に出しても動きません。
4|外に出しても、牽制が効かない場面
効かない場所を、はっきり4つ挙げます。当社はこれを契約前に必ずお伝えしています。
(1) 現金
金庫の中の現金は、外部からは見えません。数えられるのは社内にいる人だけです。小口現金が残っている限り、記帳を外に出しても、現金そのものの牽制は1ミリも増えません。ここを本気で塞ぐなら、外注より先に小口現金をやめるほうが効きます。順番と、やめ方の落とし穴は小口現金の廃止|先に置き換え先を作らないと、必ず戻りますに書きました。
(2) 承認と、振込の実行
支払ってよいと決めるのは会社の意思決定です。外部に渡すべきものではありませんし、渡しても牽制にはなりません。振込の実行についても、当社は原則として社内に残すことをおすすめしています。この線の引き方は支払代行を入れる前に決めること|振込の権限を、どこまで渡すかに詳しく書いたので、支払の権限の話はそちらに譲ります。
(3) 複数の人が口裏を合わせた場合
前掲の基準は、内部統制の限界として「判断の誤り、不注意、複数の担当者による共謀によって有効に機能しなくなる場合がある」と明記しています(同基準 Ⅰ.3.内部統制の限界)。分けることで一人では難しくなる、という効果は確かにありますが、ゼロにはなりません。「外注したから絶対に起きない」とは、当社は申し上げません。
(4) 経営者自身
同じ「限界」の項には、「経営者が不当な目的の為に内部統制を無視又は無効ならしめることがある」とも書かれています。社長の一存で通る支出は、外部の記帳担当から見れば「社長の承認があるもの」としてそのまま記録されます。ここは仕組みではなく、会社の姿勢の話になります。
この4つを踏まえると、線はこう引けます。
外に出して増えるのは「記録が二重になること」だけ。現金・承認・実行は社内に残り、共謀と経営者自身には仕組みが届かない。
5|だから、外注と同時に社内でやることが3つある
外注が効くのは記録の側だけなので、残りは社内の側で手当てします。重い順ではなく、手をつけやすい順に並べます。
- 通帳の残高と月次の残高を、社長が毎月1回だけ突き合わせる。5分で終わります。外部が作った試算表の預金残高と、通帳の月末残高が一致しているかを見るだけです。記録が外に出ていると、この1回の照合が意味を持ちます。社内の1人が両方を作っていた頃は、一致していて当たり前でした。
- ネットバンキングの権限を、作る人と承認する人に分ける。多くの金融機関のサービスで、データ作成と承認の権限を別のIDに割り当てられます。設定できる区分は金融機関とご契約のサービスによって異なるので、実際に設定する前に、取引先の金融機関の現行の案内をご確認ください。
- 現金の実査を、担当者以外の人が四半期に1回やる。金庫を開けて数え、日付と金額と数えた人の名前を書いた紙を残すだけです。人数が足りなければ社長本人で構いません。
この3つは、外注していなくても効きます。逆に、この3つをやらないまま外注しても、いちばん怖い場所は塞がりません。
6|担当者を疑う話にしないための、進め方
ここが実務ではいちばん難しいところです。牽制の話は、進め方を間違えると「あなたを信用していない」という通告になります。当社が見てきた範囲で、うまくいく順番は決まっています。
- 不正の話から入らない。切り出しは「担当者が休めない状態を直したい」で十分です。実際、1人に集中している状態の実害は、まず休めないこと・辞められたら止まることとして現れます。牽制はその設計から自然についてくる副産物として説明できます。
- 対象を「人」ではなく「工程」にする。「誰かを監視する」ではなく「どの工程を2人で通すか」の話にします。工程の話なら、担当者本人が設計に参加できます。
- 担当者に先に伝える。外部が入ることを本人が最後に知る形にすると、どんな説明をしても疑われた側の話になります。伝える順番と、反対の中身の見分け方は経理を外に出すと決めたあと、社内をどう通すか|現担当者への伝え方と、反対の中身の見分け方に書きました。
- 「あなたを守る」を言葉にする。残高が合わなかったとき、1人しか触っていない帳簿では、その1人に説明責任が全部乗ります。第三者の記録が残っていれば、本人が自分の潔白を示せる材料になります。これは建前ではなく、実際にそう機能します。
7|外部に渡す権限も、同じ考え方で絞る
外に出せば牽制が増える、という話をしてきましたが、外部に渡す権限そのものにも同じ線引きが要ります。記帳のために必要なのは、取引を登録し修正する権限です。管理者権限や、口座連携の設定を変えられる権限までは要りません。
当社がお願いしている形は、会計ソフトのアカウントは御社の契約のままにして、当社は招待されたメンバーとして入るというものです。契約が終わった日に帳簿が御社の手元に残り、当社のアカウントを外すのも御社の操作になります。渡す権限の具体と、契約終了時のデータの戻し方は経理の外部委託|アクセス権限の渡し方と、契約が終わった日のデータの戻し方に整理しました。
8|シメゴの場合と、正直に申し上げること
- 当社が引き受けるのは、記録の側です。仕訳の起票、証憑との突き合わせ、月次の残高の確認までをお預かりします。現金の実査と、支払の承認・実行は御社に残していただきます。「全部お任せください」とは申し上げません。
- 初月は、質問が多く出ます。1人に集中していた会社ほど、記録の理由が本人の頭の中にあります。それを外に出す作業なので、最初の1〜2か月は担当者の時間を使います。ここを「粗探しをされている」と受け取られないよう、質問は工程ごとにまとめてお出しします。
- 過去に起きたことの調査は、お引き受けしていません。不正の疑いがあって過去を遡って調べたい、というご相談は、弁護士や公認会計士など、調査を専門とする方にご相談ください。当社がお手伝いできるのは、これから先の記録の作り方です。
- 外注しても、会社の責任は消えません。帳簿を作る義務も、申告の内容に責任を持つのも会社です。この点は経理を外に出しても、会社から消えない義務がある|帳簿の保存・申告・最終責任は誰のものかに書いたとおりで、牽制の設計も最後は社長の仕事として残ります。
- 社内に誰も残さない形は、おすすめしません。窓口・承認・締めの3役を誰も持たないまま外に出すと、記録は二重になっても、確かめる人がいない状態になります。役割の決め方は経理を外に出したあと、社内に誰を残すか|窓口・承認・締めの3役を決めないと戻ってくるに整理しました。
上場を視野に入れ始めた会社では、この牽制の設計に「社外に説明できること」が加わります。監査法人や主幹事証券から数字の作り方を聞かれたときに、判断と確認を社内の誰が持っているかを答えられる必要があるためです。上場準備で社内に戻すものと外に残せるもの、外に残す業務の契約に足す5行は上場準備に入る会社は、経理を外に出したままでよいか|社内に戻す範囲と、外に残してよい範囲に書きました。
まとめ
牽制とは、承認・記録・資産の管理を、別の人に分けることです。経理が1人の会社では、この3つのうち2つ以上が同じ人に乗っていることが珍しくありません。
経理を外に出すと、このうち記録の側だけが動きます。証憑のない支出が表に出て、質問する人が人間関係の外にでき、確かめ直せる記録が残る。ここまでは確実に効きます。
一方で、現金・承認・振込の実行は社内に残り、複数人の共謀と経営者自身には仕組みが届きません。だから外注と同じ月に、通帳と月次の突き合わせ・ネットバンキングの権限分離・現金の実査を社内で始めてください。この3つは、外注していなくても今日から効きます。
そして、進め方です。不正の話から入らないこと。人ではなく工程を直すこと。担当者に先に伝えること。1人に全部を預けている状態は、会社にとっても本人にとっても危うい状態です。牽制を入れることは、疑うことの反対側にあります。
いまの体制で、どこが重なっているかを見立てます。
経理の人数、現金の有無、ネットバンキングの権限、月次の残高を誰が確かめているかをうかがい、承認・記録・資産の管理のどこが重なっているかと、外に出して動く範囲・社内に残る範囲を整理してお返しします。ご相談だけでも承ります。
無料コスト診断を受ける →※本記事は、記載時点で公表されている資料に基づく一般的な整理であり、個別の事案における取扱いや適否を判定するものではありません。引用した内部統制の記述は、企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」(令和5年4月7日改訂/金融庁ウェブサイト掲載)の Ⅰ.2.(3) 統制活動 および Ⅰ.3.内部統制の限界 からの引用です。同基準は金融商品取引法の内部統制報告制度に係るものであり、非上場の中小企業に適用義務があるものではありません。ネットバンキングの権限区分は金融機関およびご契約のサービスにより異なるため、設定の前に各金融機関の最新の案内をご確認ください。本記事に書いた「よくある状態」は、当社の受託実務および導入相談で見てきた範囲に基づく整理であり、統計調査に基づくものでも、特定の企業・担当者の事例を示すものでもありません。不正の疑いがある場合の調査、法的な判断、税務代理・税務書類の作成・税務相談は当社では行いません。