役員報酬や個人別の給与を、社内の経理に見せたくないとき|外に出すと守りやすくなる範囲と、かえって漏れやすくなる範囲
社員が数十名になると、社長からこういうご相談を受けることがあります。
- 役員報酬の額を、社内の経理担当に知られたくない。
- 中途で採った人の給与が、古くからいる人より高い。それが社内に伝わるのが怖い。
- 経理担当は1人で、その人自身の給与も、同僚の給与も、全部その人が計算している。
口に出しにくい話なので、表向きは「担当者の負担を減らしたい」と言って外注を検討される方も多い印象です。この記事は、この本当の動機のほうを正面から扱います。給与の数字を社内の経理に見せないために、給与計算を外に出すとき、何が守れて、何がかえって漏れやすくなるかです。
先にお断りしておきます。これは担当者を疑う話ではありません。同僚の給与を毎月見続けるのは、見る側にとっても重い仕事です。見る人の数と、見える場所を減らす設計の話として読んでください。
1|「機密なら社内に置け」と書いた記事との関係
当サイトの経理担当を1人雇う vs 経理代行|「本当のコスト」を並べて比較したでは、採用が向いているケースとして「機密性が非常に高く、社内に置きたい強い理由がある」を挙げています。この記事は、それと逆のことを言っているように見えるはずです。
矛盾はしていません。「誰に見られたくないか」が違うからです。
| 見られたくない相手 | 向いている置き場所 | |
|---|---|---|
| 社外に出したくない | 会社の外の人(取引先・競合・委託先を含む) | 社内に置く。採用記事の「機密性が高い」はこちら |
| 社内に見せたくない | 社内の特定の人(経理担当・同僚・役員の一部) | 計算を外に出し、社内には必要な形だけを返す。この記事はこちら |
最初に決めていただきたいのはこの1点です。給与の個別額を、社外の委託先に見られるのは構わないが、社内の経理には見せたくないのか。それとも、どちらにも見せたくないのか。後者なら、外に出しても目的は果たせません。社長ご自身か、限られた役員が計算するほうが筋が通ります。
2|給与の数字は、計算のあと6か所に流れる
「給与計算を外に出せば、社内の人は見なくなる」と考えがちですが、給与の数字は計算で終わりません。計算したあとに、次の場所へ流れていきます。
| 流れる先 | 何が見えるか | 誰が触りやすいか |
|---|---|---|
| (1) 給与ソフト・計算表 | 個人別の支給額・控除額・手当の内訳 | 計算する人 |
| (2) 銀行の振込データ | 個人別の手取り額と口座 | 振込を登録・承認・実行する人 |
| (3) 会計の仕訳 | 個人別に起こせば個人別の額。総額で起こせば総額だけ | 会計ソフトを見られる人全員 |
| (4) 住民税の通知書 | 会社宛の通知書に、従業員ごとの税額が並ぶ。そこから給与の水準はおおよそ推し量れる | 郵便や電子通知を受け取って処理する人 |
| (5) 年末調整と年に一度の書類 | 年間の支給総額、扶養の状況、保険料の控除 | 年末調整を回す人 |
| (6) 決算の資料 | 役員報酬は、決算で作る内訳の資料に役員ごとに載る | 決算を組む人と顧問税理士 |
外注で守れるのは主に(1)です。(2)〜(6)は、外注の契約とは別に、社内の手順で塞がないと見え続けます。ご相談で「外に出したのに、結局経理の人が全部知っていた」という話を伺うとき、たいてい原因は(2)か(3)か(4)にあります。
3|外に出すと守りやすくなる範囲
計算と明細の作成
勤怠の集計から支給額の計算、明細の作成までを委託先が持てば、社内の経理担当は個人別の計算に触れずに済みます。明細を、紙ではなく本人が直接見るWeb明細で配れば、配布の段階で他人の明細が目に入ることも無くなります。
会計への受け渡しを「総額」にする
いちばん効くのがここです。委託先から社内の経理へ渡すのを、個人別の一覧ではなく、給与・賞与・法定福利費・預り金の総額(必要なら部門別の合計)にします。会計ソフトに個人別の額が載らなければ、試算表や元帳を見られる人が増えても、個別額は見えません。
振込の承認を社長に寄せる
振込データは委託先が作り、承認と実行は社長か限られた役員が行う。社内の経理担当には「給与の振込が何日に何円出るか」の総額だけを伝える形です。振込の権限をどこまで人に渡すかの考え方は支払代行を入れる前に決めること|振込の権限を、どこまで渡すかに整理しました。
4|かえって漏れやすくなる範囲
ここからが、この記事でいちばん書いておきたいところです。外に出したことで、見える場所がむしろ増えることがあります。
(1) 委託先との窓口が、社内の経理担当のまま
勤怠データを送るのも、計算結果を受け取って確認するのも経理担当。これでは担当者の見る範囲は1ミリも減っていません。窓口を誰にするかは、委託先を選ぶより先に決めることです。
(2) 受け渡しの場所が、社内の誰でも開ける
計算結果をメールに添付して送る。社内の共有フォルダに「給与」フォルダを作って置く。便利ですが、メールの転送や共有フォルダの権限で、見られる人が静かに増えます。受け渡しの場所と、そこを開ける人の一覧を、一度紙に書き出してみてください。データとアクセス権限をどう渡すかは経理の外部委託|アクセス権限の渡し方と、契約が終わった日のデータの戻し方に書きました。
(3) 委託先が、丁寧に個人別で仕訳を起こしてしまう
委託先に悪気はありません。個人別の補助科目で給与を起こすのは、正確さを大事にする事務所ほどやりがちです。その結果、社内の誰でも見られる会計ソフトに、個人別の額が並ぶことになります。仕訳の粒度は、こちらから指定しないと決まりません。
(4) 住民税の通知書が、今までどおり経理に届く
会社宛に届く住民税の通知書は、外注とは無関係に届きます。受け取る人が変わらなければ、年に一度、従業員ごとの税額の一覧が経理担当の机に置かれます。電子で受け取っている場合も、誰の画面に届くかを確かめてください。
(5) 社外で見る人の数が、増える
社内で見る人が1人減っても、委託先の側で担当者と確認者の2人以上が見るのが普通です。「見る人の総数」は、外に出すと減るとは限りません。減るのは「社内の、顔を合わせる人」が見ることです。この違いを分かったうえで選んでください。
5|小さな会社ほど、総額から逆算できてしまう
不利な話をもう1つ書いておきます。会計に総額だけを渡しても、人数が少ないと総額から個別額が分かってしまうことがあります。
- 役員が1人なら、役員報酬の総額はそのまま社長の報酬です。
- 部門別に合計を出すと、2〜3人しかいない部門では、ほぼ個人の額になります。
- 先月から1人入社して総額がいくら増えたかで、その人の給与の見当がつきます。
これは外注でも防げません。防ぐには、合計を取る単位を粗くする(部門別をやめる)か、役員報酬だけを別の科目で社長が直接起こすか、いずれかの割り切りが要ります。どこまで粗くしてよいかは管理会計の都合とぶつかるので、「見せない」と「経営の数字を部門別に見たい」のどちらを優先するかを先に決めることになります。
また、(6)の決算の資料は、決算を組む人と顧問税理士の目に必ず触れます。役員報酬を誰にも見せずに済ませる方法はありません。見せる相手を、社外の顧問税理士と社長だけに絞る、というのが現実的な到達点です。
6|外に出す前に決めておく5つ
(1) 誰から見えなくしたいのかを、名前で書く
「社内の人に」では設計できません。経理担当か、同僚か、一部の役員か。相手によって塞ぐ経路が変わります。
(2) 委託先との窓口を、誰にするか
社長ご本人か、見せてよい役員1人か。窓口が忙しくて止まると給与も止まるので、代わりの1人も決めておきます。
(3) 会計に渡す粒度
総額か、部門別か。役員報酬を別にするか。これを委託の前に文章で決め、委託先に渡します。
(4) 振込と、年に一度の書類の宛先
振込の承認者、住民税の通知書の受取人、年末調整の書類を回収する人。年に一度しか来ない書類ほど、昔の宛先のまま残ります。
(5) 委託先の側で、誰が見て、再委託があるか
何人が見るのか、確認者は誰か、別の会社に一部を出していないか。個人データの扱いを委託するとき、委託元には委託先を監督する責任があります。契約書で確かめてください。1人の担当者に任せている状態で、どこにお金の事故が起きやすいかは経理の委託で牽制は効くのか|1人に任せている会社で、お金の事故はどこで起きるかに書きました。
7|頼み先を選ぶときの注意
給与の計算は、社労士事務所にも給与計算の代行会社にも頼めます。社会保険の手続きまで含めるかどうかで頼む先が変わる、という整理は給与計算は社労士に頼むか、代行会社に頼むかに、経理と給与を同じ会社にまとめるかどうかは経理と給与計算は、同じ会社にまとめて出すべきかに書きました。
この記事の目的に限って言えば、1点だけ付け足します。経理と給与を同じ委託先にまとめると、委託先の中で「経理の担当」と「給与の担当」が同じ人になっていないかを確かめてください。社内でやりたかったことを、委託先の中でも同じようにやってもらう必要があります。
8|シメゴの場合と、正直に申し上げること
- 給与計算もお受けしています。当社は経理代行会社で、給与の計算と支給データの作成まで行います。
- 窓口・仕訳の粒度・振込の承認者は、ご契約の前に御社と決めます。「社内の経理担当には総額だけ」という形をご希望なら、その前提で受け渡しの手順を組みます。振込の実行は御社に残していただきます。
- 当社の側で誰が見るかを、ご契約前にお伝えします。社外で見る人がゼロになるわけではない、ということも含めてです。
- 人数が少なく、総額から個別額が分かってしまう会社には、そうお伝えします。外に出しても目的が果たせない場合、外注をお勧めしないこともあります。
- 社会保険・労働保険の手続き、税務は扱いません。労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成・提出代行は社会保険労務士の業務、税務代理・税務書類の作成・税務相談は税理士の業務で、当社では行いません。
まとめ
給与の数字を社内の経理に見せないために外に出す、という動機は珍しくありません。ただ、外に出して守れるのは主に計算と明細までです。振込データ、会計の仕訳、住民税の通知書、年に一度の書類、決算の資料は、社内の手順で塞がないと見え続けます。
そして、外に出すとかえって見える場所が増えることがあります。窓口が経理担当のまま、受け渡しが誰でも開ける場所、委託先が個人別で起こす仕訳。社内で見る人は減っても、社外で見る人はゼロにはならないことも前提です。
始める前に、誰から見えなくしたいのかを名前で書き、窓口・会計に渡す粒度・振込と書類の宛先・委託先の側で見る人を決めてください。人数が少なく、総額から逆算できてしまう会社では、外注では目的が果たせないこともあります。
給与の数字が、社内のどこで見えているかを1枚にしてお返しします。
いまの給与の流れ(計算・振込・仕訳・通知書の宛先)をうかがい、外に出すと塞がる場所と、社内の手順で塞ぐ場所を分けてお返しします。「外に出しても目的は果たせない」という結論になることもあります。
無料コスト診断を受ける →※本記事は、記載時点での一般的な整理であり、個別の会社における最適な体制や情報管理の水準を示すものでも、特定の結果を保証するものでもありません。給与の数字が流れる6か所、守りやすくなる範囲とかえって漏れやすくなる範囲、先に決める5項目は、当社の受託実務およびご相談で見てきた範囲に基づく整理であり、統計調査に基づくものではありません。個人データの取扱いを委託する場合の委託先の監督は個人情報保護法に、特定個人情報(マイナンバー)に係る委託先の監督は番号法に定めがあります。個別の判断は顧問税理士・社会保険労務士・弁護士にご確認ください。当社は税務代理・税務書類の作成・税務相談、労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成・提出代行を行いません。